同人徒然

同人でのモヤモヤが募った時に「王様の耳はロバの耳」的な徒然を吐き出しています


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イベントでの差し入れは必須?
新年あけまして(既に一週間が経過しましたが)おめでとうございます。
旧年中はポチポチお声をかけていただきありがとうございました。本年もモヤモヤが募った時だけ現れる予定ですが、お付き合いいただけると嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたします。
さて、年末のオタクの祭典には私も久しぶりにサークル参加をしてきたので、その話題など。


某ヤフーのトピックスでは「マンガの祭典・コミックマーケット」などと書いてあったが、そんな認識を広めていいものか。
同人誌即売会でもあることはもちろんだが、参加しているサークルのジャンルはドールやアクセサリー、ペットに鉄道、無線機……等々多岐にわたる。
コミケに「店員」「お客」といった概念はなく、スタッフはスタッフ参加者、サークルはサークル参加者、企業は企業参加者、コスプレイヤーはコスプレ参加者、それ以外の来場者は一般参加者、といった具合に、会場にいる者は全員がコミケの「参加者」であり、対等の立場なのだ。

……ってことを、私のような同人初心者は知らなかったりする。事実、コミケ初参加の時、私はそれらを知らなかった。
カタログを購入すればそういったことが細々と掲載されているのだが、初心者はそもそもカタログを買おうとはしない(と思われる)ので、結局コミケの真の理念(笑)は明るみにならず、「誰でも無料で入場できるマンガの祭典」といった認識ばかりが先行した結果、コミケで「店長を出せ」とクレームをつけるような事態が起こるのだ。
カタログを購入しなくても入場できるシステム上、そのカタログでいくら注意を喚起したところで浸透していかないわけである。
せっかくヤフトピあたりで取り上げてくれるのなら、コミケがどういう考えのもとに運営されているのか、そのあたりにも触れてもらいたいものだと思った。以上、前振り(長い)

その冬コミに私も久しぶりに参加してきた。相方のスペで売り子。オン友や好き作家さんにも久しぶりに会える、と前夜は嬉しさのあまり寝付けなかったぐらいである。遠足前の幼稚園児か私は。
サークルチェックOK! 小銭・千円札OK! 
防寒OK! スケブOK! 差し入れOK!
……と、山岳救助隊なみの入念な持ち物チェックをして臨んだ久しぶりのコミケ。ああそれなのに私は、差し入れの数を間違えてしまい、用意したものより2個ほど足りないことに会場で気がついたのである……!!

オン友はだいたいスペ主で新刊を出しているから、「新刊おめでとう」の意味もこめて差し入れを渡したかった。知り合いだと、大変な思いをして発行しただろう大事な新刊をタダでもらってしまうことになるから、そんな申し訳なさも含めてやっぱり差し入れは渡したい。
好き作家さんがたには、「貴女を愛しています」の意味もこめて(怖ッ)、差し入れを渡したかった。新刊を買う時に差し入れを渡すと、ほんの少しだけ多くお話してもらえるという下心ももちろんあった。

なのに足りない。あそことあそこを回って、誰ちゃんと誰ちゃんに渡して、ああしてそうして。
脳内で何度シミュレーションしても、差し入れが2個足りなかった。なんてこと。
手ぶらでご挨拶なんて行けないわ。こうなったらメンの割れている人優先に差し入れていこう。 あそことあそこはたぶん私を覚えていないだろうから、そ知らぬふりをして普通に黙って新刊を買ってこよう。

などと、スペの準備で忙しい相方を余所に苦悩していたわけだが、その時私はふと思ったのである。
……差し入れって、しないと失礼にあたるもの?

思い始めたら気になって仕方がなくなってしまった。
スペの準備で忙しい相方に「手ぶらは気まずいよねえ」と振ってみたら、「だよねえ」という返事が返って来た。やっぱり手ぶらはダメか。顔見知りには差し入れしないと失礼か。
こちらが一方的にリスペクトしているだけの作家さんなら、普通に新刊を買って「愛してます」「応援してます」と本心を述べればいいのだろうが、その時に「あら、野原さん!」と素性がバレてしまうような方が相手だと、何か差し上げるものがないと気まずくなるように思ったのである。

そもそも、差し入れって必要なのか?
差し入れの数を用意し間違えた自分の不手際を棚に上げて、挙句にはそんなことまで思い始めた。
ええ、相方はスペの準備で忙しそうでしたよ(役立たず)

イベントに行ったら差し入れするものらしい、と私がぼんやり学んだのは、好きサイトの管理人さんの日記でだ。
イベント後の日記には必ず「差し入れありがとうございました。おやつには当分困りません」等綴ってあった。だから差し入れはどうやらお菓子らしい、と脳内にインプットされる。
ほかにもアロマ系とかちょっとした小物なんかもアリらしい、と色んなサイトさんの日記で私は学んだ。

初めてサークル参加したイベントでは相方と共催でアンソロを発行したので、執筆してくださった方々へのお礼も兼ね、たくさんの差し入れを用意した。アンソロ以外でも、少しでもオンで関わりのあったサークルさんには、名刺のように「野原です」と名乗りながら新刊と差し入れを配ったりした。
サイト同士の横のつながりが強いジャンルだったので、そうすると必ず「ああ、あの野原さんですか!」といった反応が返ってきたものである。そして相手の方からは100%の確率で新刊と差し入れのセットをいただいた。
ゆえに、「知り合いには差し入れ。好き作家さんにも差し入れしたら、あわよくば自分を覚えてもらえるかも」。

そんな経験則から、これまでサークル・一般問わず、参加したイベントには必ず差し入れを用意していたのである。まるで当然のように、……というか、まるで常識のように私は感じていた差し入れだが、果たしてこの考えはどうなのか。
オフ活動をなさっている方々に率直なところを伺ってみたくなった。
顔見知りなのに差し入れがないと 「んっだよ手ぶらかよ」 とか思います?(笑)

まあ一般的には「物をいただくよりも、ちょっとした一言のほうが嬉しい」とか「新刊を買ってくれるだけで充分」とかのお答えだろうと想像はつくが、ホントのホントのところはどうなのかな、と。 私だったら「手ぶらかよ」と思ってしまう、というわけではなく、むしろ買う側の立場としてそんなふうに思われやしないかとビクビクしていたので。

それで結局、冬コミでは妥協案どおり、私を覚えていないと思われる作家さんお二人には差し入れせずに新刊だけを買ってきたわけなのだが。
差し入れなくても(新刊買ったんだから)名乗って変わらぬ愛を告白してきても、別に失礼ではなかったんだろうか……。でもやっぱり、タダで新刊をくれる知り合いには(私から差し上げる新刊はないので)差し入れを渡してよかったような、……まあつまりは自己満足だ。

そういえば以前、私がサークル参加をしたイベントで、とても豪勢な差し入れをくださったお嬢さんがいた。お名前(ハンドルネーム)を伺うのもその時が初めてだったが、「野原さんに」と言ってもらえてとても嬉しかった。嬉しかったのだがしかし、彼女は私の新刊を買ってはくれなかったのだ……orz
あ、あり? 本買ってってくれなかったよ……と凹む私を、相方は「もしかしたらもう買ってあったのかも」と慰めてくれた。
そうだ、私がスペを空けている間に、彼女は売り子をしていた相方からすでに買っていたかもしれないじゃないか。相方は彼女を覚えていない様子だったけど きっとそうだ!
……などと己を宥めていたが、イベント後の彼女から「会えて嬉しかった」旨のメールはいただいたものの、新刊の感想等はついにいただけず終いだったのである……。

そんなわけで私は 「差し入れをいただくより、新刊を買ってもらったほうがずっと嬉しい」 を素で主張したい。それにプラス、差し入れをいただいたら、それをわざわざ用意してくださったというお気持ちコミで嬉しいはずだ。私の場合、そういう機会があまりないため、仮定の話で申し訳ない。

年が明けて、好き作家さんのインフォメサイトなどでも日記が更新されている。そしてやっぱり「たくさんの差し入れをありがとうございました」等、綴られている。
結局は差し入れをする本人の気持ち次第、ということになるのだろうが、同人界全体として差し入れは必須なのだろうか。
そんなことを思いながら、C73の開場を迎えた私だった。(そして相方は忙しそうだった)



拍手のコメントレスは下記にて。 コメントなしのパチパチもありがとうございました!


・価値観の相違様(そんな呼び方)(笑)
こちらこそ、コメントありがとうございます。
「意見への反論と個人への反抗がごっちゃになりがちだ」というお言葉に、マジで「ほおおお、そうだそうだ」と声が出ました。 冷静かつ的確なご指摘で頭が下がります。なにか考察ブログでもお持ちなのではないですか。ぜひお邪魔させていただきたい(笑)です。仰るとおり、女性にありがちかもしれません。
カプ論争、というものは私は直接は体験していないのですが、あからさまに自サイトで別カプを罵るような人もいるらしいですね。確かに私自身も、自ジャンルのカプをけなされたらムッとする傾向にあります(汗)
「同人と女性」なんて、そんな立派な(笑)テーマでは私の見識も筆力も及びませんが、カプ論争、いずれ記事にはしてみたい話題です。
コメントありがとうございました。 今年もよろしくおつきあいくださいませ!

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