同人徒然

同人でのモヤモヤが募った時に「王様の耳はロバの耳」的な徒然を吐き出しています


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うたかたのバーチャルリアリティ
サイトの閉鎖を決める時、同時に考えなければならないことがある。
これまで公開してきた作品をどうするか。

1.全てwebから下げる。
2.倉庫部屋を作りそこで公開する。(=サイトやブログの更新は停止)
3.サーバの契約期限が来るまで公開。(=期限が来たら自然消滅)

サーバが有料か無料かにもよるだろうが、私が今まで見てきたパターンはこんなあたりだ。
誰かのサイト閉鎖を見るたび、いつも考えてきた。 私だったら自分の作品をどうするだろう。
……少し考えて、いつも同じ答えにたどり着く。
私なら、自分の作品は公開したままにしておきたい。だから答えは2だ。

「これが私のエコロジー」というエントリーでも綴ったことがあるが、私は同人誌に収録した作品でも、サイトで公開したくて仕方がない。オンオフともに、ほとんど感想らしきものをいただいたことがない飢餓感の反動なのか、自分の書いたものを一人でも多くの人に読んでもらいたい、という気持ちが強いように思う。
もちろん、公開期間と感想コメ数は決して比例しないことは重々承知している。わかっちゃいるけどそれでも私はたぶん、自作品をwebから下げることはしない。否、できないだろう。
どれもこれも、時間と筆力をひねり出して完成させたものだ。webで公開している以上、誰かの目に触れる可能性が少しでもあるなら、サーバの契約更新料を支払ってでも自作品を公開しておきたい。

こんなふうに、よく言えば「思い入れ」、悪く言えば「執着心」が強い私だから、サイト閉鎖と同時に全作品をスパッと下げてしまえる人には本当に感嘆するのだ。
もしかしたら決断までには迷ったのかもしれないが、結果として私には潔く見える。未練なくサイト閉鎖やジャンル撤退ができるのはうらやましいなあ、とさえ思う。

ところでつい先日、2010年の暮れに、オン友K子が自分のイラストサイトを閉鎖した。
原作ではちょうどK子のイチオシキャラが活躍しているところだ。ジャンルとしてはこれからますます盛り上がるだろう時期にサイト閉鎖。作品は全撤去。
その話をK子から聞いた時に閉鎖の理由を尋ねてみたところ、「サイトで描きたいことは全部描ききったから」とのことだった。これから描きたい話は同人誌に収めていくらしい。そう、彼女はオフライン活動もできる環境とスキルのある人だ。
しかしながら、これから自ジャンルが祭りになりそうだって時にサイト閉鎖とは。
彼女はブログで拍手レスもしていたが、それを見る限りではコメントもわりと来ていたようだったから、私はますます、K子のサイト閉鎖がもったいなく思ってしまった。それでそのとおり、メールでK子に伝えた。「これからもっと貴女のファンが増えるだろうに、閉鎖は寂しい。せめて倉庫部屋とか、貴女の作品をwebに残しておくわけにはいかないか」と。
それに対する彼女の返信はこうだ。
「サイトなんて、所詮は淡雪みたいに儚いものだから(笑)」

……どんなニュアンスで (笑) がつけられたのかはわからない。もしかして、私があまりに粘着質なことを言うものだから、ドン引いた挙句の苦笑だったのかもしれない。
いずれにせよサイトを「儚いもの」だと言われて、私はなんだかせつなくなってしまった。
そうかなあ。サイトはそんなに儚いものかなあ。
確かに、ネットに繋がらなければ見てももらえない。作品が完成したところで、手元に何かが残るわけでもない。パソコンの誤操作一つで、ファイルがまるごと消えてしまうことだってある。
1冊に仕上がった同人誌に比べ、なんと儚いことか。

……彼女の言うとおりだ。言うとおりなのだが。
実は私とK子は、家庭の事情でオフ活動に専念できない、という共通点をきっかけに親しくなった。
その後彼女はリアル事情が好転し、ここ最近はオフ活動に力を入れていたようだが、指をくわえて祭りばやしをながめるだけの侘しさは、K子だって味わったはず。(ブログでよく己の環境を嘆いていたから)
一時でも私と同じ境遇に身を置いた彼女だが、やはり「同人誌を発行して即売会にサークル参加」というリアルを前にしては、バーチャルなサイト運営は儚いものなのだろうなあ。

先日の冬コミで、K子は無事に新刊を発行したようだ。サイトで公開されていた彼女の作品は、年が明けると同時にwebから消えてなくなった。それらを同人誌に収録する予定もないらしい。
潔い、と心から思う。
一方私は今年もまた、淡く儚い空間で萌えを吐き出し、文字を紡ぎ、仕上がったものにしがみついてゆくのだろう。
K子の潔さに比べ、我ながら驚きの粘着性である……。



すっかりご無沙汰してしまいましたが、明けましておめでとうございます!
今年もモヤモヤをつつきながら、ひっそり記事を綴っていこうと思います。お暇つぶしになれば幸いです。
これまでの拍手もありがとうございました。
だいぶ前にいただいたものになりますが、以下は拍手レスです。
コメントなしのパチパチも本当にありがとうございました!! 
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坊主憎けりゃキャラまで憎い
良識ある一社会人として、はばかりながら申し上げるが…… 私は、某サイトの管理人が大っ嫌いだ。(大声)
彼女を仮にAとしよう。 実はここで記事にしてきた中にも、Aがらみのネタがいくつかある。そしてこれからネタにしようと思っていることも、まだあったりする。
それほどまでにモヤモヤしている相手なのだが、断ち切りがたいしがらみにより、Aとはこの先も関わることになるだろう。なぜなら、Aは相方の旧友だから。
幼なじみが同人仲間となった関係は、たかが数年前に知り合ったばかりの私なんぞ太刀打ちできるはずもない。
色々なモヤモヤを経て、私がようやく相方にAへの不満をこぼせるようになった時、相方は朗らかに言ったものだ。
「ああ、Aは確かにそういうところがあるねえ」
子供の頃からそうだったよ、困ったもんだ。そう笑い話で済ませる相方に対し、私のモヤモヤはどうにも伝わらず、…………っていやいや、待て待て私。
今回書きたかったネタはAへのモヤモヤそのものではない。単なる前振りだったはずのAモヤ(略)が、書いているうちにヒートアップしてしまった……。
そうではなく、えーつまりは、とにかく大っ嫌いな人がいるよ、と。そういう前提で今日のエントリを進めたい。
ここまで長いな!

現在よろずサイトをやっている私は、複数のジャンル(=原作)に萌えている。そのうちの一つを、連載中の最新号で読んだ時のことだ。
とあるイケメンキャラが数号ぶりの登場で大活躍した。主人公のピンチを救うべく、颯爽と再登場。
私の萌えキャラではなかったが、そもそもイケメンなのだし、状況からしてカッコイイったらない。初めてその作品を読んだ人は、彼が主人公かと見まごうばかりだろう。もちろん、ストーリー展開としても申し分なしの盛り上がり。
……なのに私は、どうもテンションが上がらなかった。むしろサゲサゲな感じだ。オブラートに包んだ表現をするならば、「なんなのこいつ、いっつもオイシイとこばっか持ってってズルくね?」といったところか。(包んでない)

原作者にひいきされているとしか思えないキャラ、というのが作品の中には必ずいる。そのキャラが自分のイチオシでない場合、ひいきキャラの活躍ぶりには嫉妬まがいの感情を抱いてしまうのが常だと思う(笑)が、この時の私の心理はそれなのだと思った。
原作者へのインタビューや自身のコラムなどで目にしたことがある。実際、動かしやすかったり、思い入れの強いキャラというのは確かにあるようだ。

今回の再登場キャラもそういう立ち位置なのだろう。だからいい場面で颯爽と登場するし、しかもそれがストーリーの軸に関わってきたりもする。
ちくしょー、こいつばっか扱いいいな。
そんなふうにささやかに拗ねて終わるはずだった私は、しかしふと、あることに思い当たってしまった。
最新号で颯爽と再登場した某イケメンキャラ。彼は、冒頭で述べたAが誰よりも愛しているキャラだったのだ……!

……気づいてしまったら、その回への萌えがますます萎えてしまった。この日の日記でAがどれだけ浮かれるか、想像しただけでモヤモヤしてしまった。
再登場したひいきキャラ=A そんな等式が、いつの間にか私の中でできあがっていたのだ。
したがって、

ひいきキャラ=A
A=大っ嫌い
∴ひいきキャラ=大っ嫌い

こんな解答に至るまでは早かった……。
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」とはよく言ったもの。さすがだ、昔の人。
とは言え、敬愛する作品の一キャラを大っ嫌いだなどと、あからさまに述べるのもどうかと思う。
それが、ストーリーや世界観に全く関わりのない理由であるならばなおさらだ。
だから私は良識ある一社会人として、はばかりながらこっそり申し上げるが……
私は、Aが好きなものをどうにも嫌いになっちゃうのだった!(大声)



以下は拍手レスです。毎度ながら遅くなって申し訳ありません。
コメントなしのパチパチもありがとうございました!
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これが私のエコロジー
オン専である私にとって、創作物を発表する場と言えば自サイトだけだ。
萌えの赴くままに妄想を吐き出し、仕上がった作品は自分の都合に合わせてサイトに公開。自分なりの目標はあるものの、締め切りを気にすることも、泣く泣くページを削ることもない。書きたいシーンを書きたいだけ書けばいい。
サイトを立ち上げてから約5年、そんなことを繰り返してきた私だが、これまでにほんの数回、オフ活動に関わったことがある。その時からずっと感じていることを、今回は綴ってみようと思う。

例えば個人誌の発行部数を、分かりやすく100部とした場合。
即売会や通販で、100部をすべてさばききったとする。単純に考えて、その本の読者は100人ということになるだろう。
買い求めてくれたからには、一度は読んでもらえるはずだ。するとまたまた単純に考えて、その本を100回は読んでもらえることになる。
……が、100回でおしまいなのだ。
私なんぞの個人誌が、中古ショップで再び買い求めてもらえるとも思えない。それどころか、「可燃物」と書かれた袋に入れられるのがオチだ。だからこの本の読者は、100人以上にはなり得ない。

一方、その作品を(同人誌には収録せずに)自サイトで公開するとしたらどうだろうか。
自分がサイトから下ろさない限り、その作品はウェブ上に存在し続ける。
毎日一人ずつでもいい、初めて私のサイトへ来てくれた人がそれを読んでいってくれるとしたら、その作品の読者は100日で100人。公開期間が長ければ長いほど――やがては1ヶ月で一人になってしまうのだとしても――それを読んでくれる人の数は増えていくことになる。
何かを創作して発表する以上、やはり一人でも多くの人にそれを見てもらいたい。読んでもらいたい。
サイトで公開し続けていれば(無料の手軽さもあり)、読んでもらえる機会が途絶えることはない。

だが発表の場が同人誌だと、最大読者数=発行部数であることが、私にはとても「もったいない」と思えたのだ。
そうしてある時、個人誌の脱稿直後、私は相方に言ってみた。

「せっかく書いたのに、サイトでは公開できないからもったいないね」

一人でも多くの人に読んでもらえる機会が増えていかないからもったいない。ただでさえ読んでもらえる機会が少ないのに。(僻地サイトだから)
そういう意味合いである。
すると相方は思いもよらない返事をよこしたのだ。

「せっかく書いたのに、本にしないほうがもったいないよ!」

……これは「無料で公開したらもったいない、本にすればお金取れるのに」という意味ではない。
イベントにサークル参加する場合、「即売会当日までに同人誌を1冊以上発行していること」等の条件があるのが常だが、サイトで公開せず本にすれば、まずはこの条件をクリアできる。
仮に既刊があって参加条件は満たしているとしても、イベントに合わせて新刊を発行できれば、自他ともにテンションはさらに上がるものだ。
どうせ睡眠時間も寿命も削ってホモを書くなら、イベント参加へのテンションが上がったほうがいいだろう、というのが相方の考えだった。
なるほど、言われてみれば確かにそうだ。だが私はオン専であるがゆえに、イベントへのテンションよりも、一人でも多くの人に読んでもらえる機会のほうをどうしても優先してしまいがちなのだ。そう気がついた。

「イベントへのテンション」と「より多くの機会」。
この二者を満たす策としては、無料配布しかないと思うのだが、どうだろうか。頒布物が無料配布だけではNGだろうか……。
即売会では冊子を無料配布。数日後にサイトでも公開。これならどちらの「もったいない」も解消されよう。
今や「MOTTAINAI」を世界共通の概念・言葉としてもてはやすご時世である。同人界でも「もったいない」事態はなるべく避けようではないか……!

まああのー、くどくどしく綴ってはみたが、つまりは「あの本の話をオン専の人にもサイトで読んでもらいたーい!」というワガママに端を発する今日の記事なのであった!


以下は拍手レスです。 コメントなしのパチパチもありがとうございました!!  
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サイトを閉鎖したくなる時
使い古された言葉だが、春は別れの季節でもある。
私がブクマしているサイトのうち、いくつかがこの春閉鎖した。

実際にリアルでの新生活が始まり、同人どころではなくなった人。
前々から閉鎖を考えており、ちょうどキリがよいので閉鎖した人。
かつて新年度にサーバの契約をしたのか、4月になったら契約期限切れ(と思われる)でいつの間にかサイトが消えていた人。

……それぞれ動機や理由は様々だ。
つい先日も、某ジャンルのサイト管理人から閉鎖のお知らせメールが届いた。
私がジャンル替えをして以来、ほとんど交流らしいものもなかった相手だが、一時は相互リンクもしていたし、同じアンソロに執筆したこともあり、あちらが気を遣って連絡をくれたのだろう。閉鎖の理由はやはり、リアルでの多忙だった。
そうしてかなり久しぶりに、私は彼女のサイトへ行ってみたのである。

コミックも小説もこなしていたオン専の彼女は、交流があった時同様、コンスタントに新作を更新し続けていたようだ。
「閉鎖のお知らせ」をサイトで告示してからもなお、書きかけだったコミックを完結させるべく、ここ一週間で何度か続編をUPしてあった。ぶっちゃけ私の好きな作風ではないのだが(絵・文ともに)、自分で募ったはずのカウントリクすら放棄して閉鎖してゆくサイトが多い中、ハンパなままで閉鎖したくないという彼女の心意気には素直に頭が下がる。
そういう彼女だからこそだろう。閉鎖に対する訪問者の反応が、思いがけず大きかったらしい。
「閉鎖の告知後に初めてコメントをくれた人がたくさんいて嬉しかった」とブログには綴られていた。
私も一言残したので数日後レス専用ページを覗いてみると、なるほど確かにすげー数のレスが並んでいる。これまでどの程度のコメントをもらっていたのかは知らないが、彼女の日記によれば自社比最高数(笑)だったとか。
そこで私は思ってしまった。

そ、そんなにコメントもらえるんなら、うちも閉鎖してみよっかな……。

だって今のままだったら、訪問者がいるんだかいないんだか、まるでわからない。
新作をUPしても、読んでくれたんだか誰も見ちゃいないのか、まるでわからない。
だけど「閉鎖します」って告知したら、コメントがたくさんもらえるらしいじゃない。初めての人からもリアクションもらえるらしいじゃない……!

……わかっている。いくら人のサイトが閉鎖前に賑わったからと言って、自サイトもそうとは限らない。それどころか、「閉鎖します」つってんのにスルーされてしまうかもしれない。(そしてその可能性のほうがずっと高い)
だから「じゃあうちも」などと思うのは、浅はかであり軽率なのだ。ケイキョモウドウなのだ。なのだけれど。
いやもしかしたらさー。うちだってさすがに、閉鎖する時にはコメントが大挙するかもしんないじゃーん?(浅はかすぎる)



以下は拍手レスです。遅くなりまして申し訳ありません。
コメントなしのパチパチもありがとうございました!!  
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mixi こもごも 「赤裸々すぎる日常」
以前、とあるオン友の招待を受けてmixiに入会していたことがある。
今はどうか知らないが、当時はコミュニティへの参加と日記が主なコンテンツだった。
初めこそ物珍しさにログインの回数も多かったが、それもだんだんと飽きてくる。ちょうどサイト同士の付き合いに辟易していた頃だったから、面白そうなコミュニティを見つけても積極的に参加はしない。
萌えはサイトの日記で語るため、わざわざミクシ日記に書くほどのこともない。
マイミクの日記を読むためだけに会員登録を維持していた私だ。

招待してくれたオン友以外にも、数人のオン知人がミクシをやっていたこともあって、私は芋づる式に何人ものマイミクを持つことになった。サイトで言う「相互リンク」よりも親密かつ濃密な関係の始まりである。
日記の公開範囲を「友人まで」にしていた私のマイミク達は、いわゆる身内しか訪れない安心感からか、ミクシ日記には皆かなり赤裸々な日常を綴っていた。

上司と不倫していたA。
姑がポックリ逝くのを夢見るB。
やっかみなのか、同ジャンルの誰かから嫌がらせを受けているらしいC。
コミュニティのオフ会で知り合った男性とその日のうちに寝たD。
三角関係のもつれをミクシ上でも繰り広げるE。(つまりは三人とも会員なのだ)

……その他例を挙げたらきりがないが、それに関わる愚痴やぼやきや恨み言が、ミクシ日記には延々と綴られているのだった。(もちろん、時々は普通の話題もあるけれど)

ミクシをやっていることで、サイトだけの付き合いなら知ることもなかった彼女達のリアルな日常をいやでも知ってしまう。マイミクにしか公開されない日記だから、言葉をオブラートに包むこともしない。……厄介なのはその後だ。
「足あと」機能により、誰がいつ自分の日記を読みに来たかわかってしまうので、それらを読んでおきながらノーコメントでは帰れない、という有名なしがらみ(笑)に陥るのだ。

リアルでの雑事に苦悩し心を痛め、時には憤るマイミクに、何回かは励ましや共感のコメントなどを残したこともある。
「野原も何か書け」とせっつかれて、普通の女子っぽい日記(笑)を綴ったこともある。
だがそれもすぐに疲れてしまった。とにかく面倒になってしまった。
萌えに関係のない事でオン友達と関わる気はないのだと、自覚し始めたのはこれがきっかけだったかもしれない。

そうしてミクシィにログインすらしなくなったある日、初めに私を招待してくれたオン友から連絡が来た。
「野原さん、最近ミクシに来てないけどリアルで何かあった?」
ミクシィへのログインが生存確認であるかのように言って来る彼女に、私は驚いた。
いや別になんもないスけど。 つーか、なんでわざわざそれをうちの拍手で言ってくるかな。感想コメかと思って一瞬色めき立ってしまったじゃないかバカバカー! お前の母さんデベソー!(幼稚園児)

と、その一件だけが理由でもないが(多分)、「アンタらの赤裸々日記に付き合わされるのが嫌になった」とも言い出せず、結局私は多忙を理由にミクシィを退会したのだった。
彼女達のサイトの日記を時々覗くと、「ミクシでも書きましたが云々」というくだりを見かけるので、あちらでは今日もまた赤裸々な日常が綴られているのだろう。
愚痴吐きは必要だ。
己の鬱々とした気持ちに共感してくれる人がいたら嬉しいし、救われることもある。だから私はここのブログを始めた。
それがSNSという濃密な環境になると、吐きっぱなし、というわけにはいかないのが私には面倒だったのだが、人によっては支えにもなるのだろう。

私はリアルでの悩み事があってもオン友には相談しないたちだ。しかし、萌えもリアルゴタも含めて付き合いたい、という人には居心地の良い空間なのかもしれない。



以下は拍手&メルフォレスです。毎度ながら遅くなって申し訳ありません。
コメントなしのパチパチもありがとうございました!
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